矢次真也の数学コラム:数学と建築~私たちの住まいと都市を形作る数理

矢次真也の数学コラム:数学と建築~私たちの住まいと都市を形作る数理

矢次真也の数学コラム:数学と建築~私たちの住まいと都市を形作る数理

📊 古代から現代まで、建築は比率や幾何学など数学的原理に深く支えられてきた

🧮 モジュール、構造力学、パラメトリックデザインなど、建築と数学の関係は時代とともに進化している

🔍 高齢者の視点から見ると、数学的設計の建築空間は記憶に残り、認知機能にも良い影響を与える

はじめに

こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。前回は「数学と美術」について書きましたが、今回は「数学と建築」という、私たちの日常生活に最も身近な数学応用の一つについて考えてみたいと思います。

先日、孫と一緒に東京駅を訪れる機会がありました。赤レンガの重厚な駅舎を見上げながら、孫は「この建物、どうやって設計したのかな?」と質問してきました。「実はね、こういう建物には複雑な数学が使われているんだよ」と説明すると、彼は興味深そうに建物の様々な部分に目を凝らし始めました。

実は建築と数学は、人類の歴史の始まりから密接に関わってきました。ピラミッド、パルテノン神殿、ゴシック様式の大聖堂、近代の超高層ビル、そして現代の曲線美を誇るミュージアムや競技場に至るまで、建築の歴史は数学の応用の歴史でもあるのです。建築家は常に数学を活用して、美しく、機能的で、そして何より安全な構造物を設計してきました。

今回は、この「数学と建築」の深い関係について探っていきましょう。数学的視点から建物や都市を眺めると、日常の風景が全く新しい姿で見えてくるかもしれません。そして、そのような見方が私たち高齢者の空間認識や記憶にどのような影響を与えるかについても考えてみたいと思います。

第1章:古代建築と比率の数学

ピラミッドと古代エジプトの数学

古代建築の象徴であるエジプトのピラミッドは、驚くべき数学的精度で建設されています。

大ピラミッドの底辺と高さの比率は、πの近似値(22/7)と関連していると言われています。また、その正確な方位角や寸法の精度は、高度な数学的知識なしには達成できないものでした。

私が40代のとき、仕事でエジプトに滞在する機会があり、初めてギザのピラミッドを目の当たりにしました。エンジニアとして、5000年前の建造物がこれほどの精度を持っていることに衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。現代の高精度測量機器もない時代に、どうやってあの巨大な石材を正確に積み上げていったのか。そこには失われた古代の数学的知恵が隠されているのでしょう。

ギリシャ建築と黄金比

古代ギリシャの建築家たちは、調和のとれた比率によって美しさを追求しました。

パルテノン神殿は黄金比(約1:1.618)を多用したことで知られています。柱の高さと間隔、ファサードの幅と高さなど、様々な部分に黄金比が適用されていると言われています。

私が前回のブログで書いた「黄金比と美術」の関係は、実は建築においてより顕著に現れています。数学的な調和が生み出す美しさは、2500年以上経った今でも私たちの心に響くものがあります。定年後、私は古代ギリシャ建築についての講座を受講しましたが、そこで「モジュール(基準寸法)」という概念を知りました。柱の直径を基準に、他のすべての部分の寸法が決定されるというこのシステムは、現代の建築設計にも通じる普遍的な考え方です。

日本の伝統建築と尺貫法

日本の伝統建築には、独自の数学的秩序が見られます。

「尺」を基本単位とした尺貫法と、「畳」を基準とした間取りの考え方は、日本建築の特徴です。「京間」「中京間」「江戸間」など、地域によって微妙に異なる基準寸法のシステムが発達しました。

私の実家は築100年を超える古い木造住宅でしたが、その建設には「木割り」という伝統的な比例体系が使われていました。柱の太さに対して梁の高さは幾分の一、という具体的な比率が経験則として伝承されてきたのです。現代の建築基準法による構造計算とは異なるアプローチですが、何世紀にもわたる経験から導き出された数学的知恵は、現代の我々が学ぶべきものが多いと思います。実家が解体されるとき、建築学を学ぶ学生たちが実測調査に来たことがありましたが、彼らが古い家の木組みに見出した数学的秩序に感心している姿が印象的でした。

第2章:構造力学と数学モデル

アーチとドームの数学

アーチとドームの形状は、数学的に最適化された構造です。

ローマのパンテオンに代表される半球形のドームや、ゴシック建築の尖頭アーチは、重力下での力の流れを効率的に伝える形状として数学的に理解できます。特にカテナリー曲線(懸垂線)は、圧縮力のみを受ける理想的なアーチ形状として知られています。

私がエンジニアとして働いていた頃、構造解析のプロジェクトに関わることがありました。建物の骨組みにかかる力を数学的にモデル化し、安全性を検証する作業は、応用数学の醍醐味を味わえる仕事でした。当時はコンピュータの計算能力が今ほど高くなく、複雑な構造解析には何日もかかることがありました。現代では瞬時に計算できる問題に、かつての建築家や技術者たちは経験と数学的直感で挑んでいたのです。その洞察力の深さには、今でも感嘆せずにはいられません。

ガウディとカテナリー曲線

スペインの建築家アントニ・ガウディは、カテナリー曲線を巧みに活用した建築家として知られています。

サグラダ・ファミリアなどの設計において、ガウディは糸と重りを使った「懸垂模型」という方法で複雑なカテナリー曲線を見つけ出しました。これは重力という自然の力を利用して、最適な構造形状を導き出す革新的な方法でした。

私が50代のとき、バルセロナを訪れてガウディの建築を見学する機会がありました。サグラダ・ファミリアの内部に立ったとき、「これは石の森だ」という感覚を覚えました。枝分かれする柱や螺旋階段など、有機的な形状は数学的に最適化された結果なのです。ガウディは「自然の中に数学がある」という事実を、誰よりも深く理解していた建築家だったのでしょう。退職後、私はガウディについての書籍を何冊も読みましたが、彼が数学的天才でもあったという事実に改めて感銘を受けました。

現代の構造解析と有限要素法

現代の建築構造設計では、高度な数学的手法である「有限要素法」が活用されています。

複雑な形状の建物や大スパン構造物の安全性を確保するため、コンピュータを駆使した数値解析が不可欠となっています。これらは偏微分方程式を数値的に解く応用数学の一分野です。

私のエンジニアとしてのキャリア後半は、まさにこうした構造解析技術の急速な発展期と重なりました。手計算から電子計算機、そしてパーソナルコンピュータへの移行を目の当たりにし、解析できる構造の複雑さが飛躍的に高まっていく様子を見てきました。東京スカイツリーや横浜ランドマークタワーなど、現代の複雑な超高層建築は、こうした数学的シミュレーション技術なしには成立しなかったでしょう。65歳になった今、技術の進歩の速さに時に戸惑うこともありますが、その根底にある数学の原理は普遍的であることに安心感を覚えます。

第3章:パターンと空間の数学

イスラム建築の幾何学模様

イスラム建築に見られる複雑な幾何学模様は、高度な数学に基づいています。

タイルや表面装飾に用いられる星形や多角形のパターンは、正多角形の精密な分割と組み合わせから生まれています。これらのパターンは、現代の結晶学や準結晶理論とも関連があることが近年の研究で明らかになっています。

前回のブログ「数学と美術」でも触れたイスラムの幾何学模様ですが、建築においてはより三次元的な展開が見られます。私がイスタンブールのブルーモスクを訪れたとき、天井のムカルナス(蜂の巣状の装飾)に圧倒されました。一見複雑に見えるこの装飾も、実は数学的に規則的なパターンの積み重ねによって成り立っているのです。そこには単なる装飾を超えた、空間認識の哲学があるように思えました。西洋と東洋、そして現代と過去をつなぐ普遍的な数学言語を感じた瞬間でした。

フラクタルと建築空間

自己相似性を特徴とするフラクタル構造は、現代建築にも応用されています。

異なるスケールで同様のパターンが繰り返されるフラクタル的なデザインは、視覚的な豊かさと空間的な複雑さを生み出します。例えば、多くのホテルやオフィスビルのアトリウム空間には、フラクタル的な構成が見られます。

私が以前のブログで「カオス理論とフラクタル」について書いたときにも触れましたが、自然界に多く見られるこの数学的特性は建築にも取り入れられています。数年前、シンガポールを訪れた際に泊まったホテルは、中央のアトリウムから枝分かれするような空間構成でした。その空間の中を歩くと、常に新鮮な景色が現れる一方で、どこか全体としての統一感も感じられました。これがフラクタル構造のもたらす特性なのでしょう。高齢者にとって、こうした「秩序の中の変化」がある空間は認知的にも興味深く、記憶に残りやすいのではないかと感じました。

タイリングと充填の問題

空間を無駄なく埋め尽くす「タイリング(敷き詰め)」の問題は、建築と数学の重要な接点です。

平面や空間を隙間なく、重なりなく充填する方法は、床のタイル張りから集合住宅の間取り設計まで、様々な建築場面で応用されています。特にペンローズ・タイリングのような準周期的なパターンは、現代建築に新たな可能性をもたらしました。

私が若いエンジニアだった頃、工場の床タイル設計を担当したことがあります。当時は単純な正方形タイルしか考えていませんでしたが、今ならもっと数学的に面白いパターンを提案したかもしれません。退職後、私は折り紙の研究会で「ユニット折り紙」という分野に興味を持ちました。これは小さな紙の単位(ユニット)を組み合わせて立体を作る技法ですが、まさに空間充填の数学そのものです。孫と一緒にユニット折り紙で多面体を作りながら、「これは建築家が設計するときに考えることと同じなんだよ」と説明すると、彼の目が輝きました。遊びの中にも数学的思考を育む機会はたくさんあるのだと実感しています。

第4章:現代建築と数学の新しい関係

パラメトリックデザインとアルゴリズム建築

デジタル技術の発展により、「パラメトリックデザイン」や「アルゴリズミック・アーキテクチャ」と呼ばれる新しい設計手法が生まれています。

これらの手法では、建築形態を直接描くのではなく、形態を生成するアルゴリズム(計算手順)やパラメータ(変数)を設定します。こうして生まれる複雑な曲面や有機的な形状は、従来の製図法では表現できなかったものです。

私がエンジニアとして現役だった頃の終わり頃、この新しい設計手法が登場し始めました。最初は「コンピュータに設計を任せるのか?」と懐疑的でしたが、今ではその可能性の大きさを理解しています。北京の国家水泳センター(水立方)やロンドンのガーキンタワーなど、複雑な数学的アルゴリズムから生まれた建築が世界中に建設されています。退職後、CADの最新技術を学ぶ講座に参加しましたが、若いデザイナーたちがプログラミングと数学を駆使して建築を生み出す姿に、時代の変化を強く感じました。それでも「人間の感性」と「数学的論理」のバランスこそが良い建築を生むという本質は、どの時代も変わらないのだと思います。

トポロジーと現代建築

トポロジー(位相幾何学)の概念は、現代建築デザインに革命をもたらしました。

連続的な変形によって形状を探求するトポロジカルなアプローチは、ザハ・ハディドやフランク・ゲーリーなどの建築家の作品に見ることができます。内と外、床と壁と天井の境界が曖昧になるような流動的な空間は、トポロジー的思考の産物です。

私は定年の数年前、ビルバオのグッゲンハイム美術館を訪れる機会がありました。ゲーリーによるこの建物は、まるで巨大な彫刻のように曲面が波打ち、従来の直線的な建築の概念を覆すものでした。その複雑な形状が数学的に設計され、実際に建設されたという事実は驚くべきことです。60代になった今では、新しい建築を見るたびに「これはどのような数学を使っているのだろう」と考えるのが楽しみになっています。数学的視点で建築を見ることで、単なる審美的評価を超えた深い理解が可能になると感じています。

持続可能性と数理最適化

現代建築の重要課題である「持続可能性」も、数学的最適化問題として捉えられます。

エネルギー効率、材料使用量、環境負荷などの要素を考慮した建築設計は、多変数の最適化問題です。自然光の取り込みを最大化する窓の配置や、熱流動を制御する建物形状なども、応用数学の問題として解かれています。

私が特に関心を持っているのは、伝統的な日本建築に見られる環境適応の知恵です。縁側や障子、通風を考慮した間取りなど、エアコンのなかった時代に培われた住環境の工夫には、経験に基づく数理最適化とも言えるものがあります。近年、こうした伝統的知恵を現代の数理モデルで解析し、最新技術と融合させる試みが行われています。私は退職後、「エコハウス研究会」というグループに参加し、伝統的住宅の知恵を活かした高齢者向け住環境について議論しています。高齢化と環境問題という二つの課題に対して、数学的思考が解決の糸口を提供できるのではないかと期待しています。

第5章:高齢者の視点から見る数学的建築空間

認知と空間把握のメカニズム

建築空間の認知と把握は、私たち高齢者にとって重要な課題です。

数学的に整理された空間は、脳にとって認識しやすい傾向があります。対称性やリズム、階層構造などの数学的特性を持つ空間は、認知負荷が少なく、空間把握が容易になると考えられています。

私自身、年齢を重ねるにつれて、初めて訪れる場所での方向感覚が若い頃より低下していることを感じます。しかし興味深いことに、規則性のある空間構成の建物では比較的迷いにくいのです。例えば、格子状の街路が整然と広がるニューヨークやバルセロナでは方向感覚を保ちやすいのに対し、中世の都市のような不規則な路地が織りなす空間では容易に迷子になります。これは単に「シンプルだから分かりやすい」というだけではなく、脳が空間的パターンをどう認識し記憶するかという認知科学の問題でもあります。高齢者向けの施設設計においては、こうした数学的な空間認識の原理を活かすことが重要ではないかと考えています。

記憶と建築パターン

建築空間の記憶しやすさは、そのパターンや構造と関連しています。

数学的に整理された空間パターンは、長期記憶にも残りやすい傾向があります。例えば、京都の碁盤目状の街区構造や、寺院の左右対称の配置などは、記憶の助けとなる数学的秩序を持っています。

私は数年前から、認知症予防のための脳トレーニングとして「心の中で建物を歩く」というエクササイズを実践しています。過去に訪れた印象的な建物や街並みを、目を閉じて詳細に思い出すのです。特に強く記憶に残っているのは、明確な数学的秩序を持つ空間です。例えば、イタリアのフィレンツェにあるウフィツィ美術館の長い回廊や、京都の竜安寺の石庭のような、シンプルでありながら深い数学的構造を持つ空間は、驚くほど鮮明に思い出せます。これは数学的パターンが脳にとって「記憶しやすい」構造だからかもしれません。地域の高齢者サークルで、このような「建築的記憶法」について話したところ、多くの方が興味を示されました。

バリアフリーデザインと数理的アプローチ

高齢者や障がい者にとって重要な「バリアフリーデザイン」も、数学的に最適化された設計と言えます。

スロープの傾斜角、手すりの高さ、ドアの幅など、バリアフリー設計の各要素は人間工学的データに基づいた数理最適化の結果です。また、視覚障がい者のための誘導ブロックの配置なども、空間のトポロジーを考慮した数学的問題として捉えることができます。

私は退職してから、地元の高齢者施設のリノベーション委員会に参加しています。そこでエンジニアとしての経験を活かし、数理的なアプローチでバリアフリー設計の最適化を提案しています。例えば、施設内の移動距離を最小化する間取りの検討や、視認性を高める照明配置など、数学的モデルを用いた分析を行っています。特に感銘を受けたのは、フィンランドのアルヴァ・アアルトによる高齢者施設の設計思想です。機能性と美しさを両立させた彼の建築には、数学的な正確さと人間への深い洞察が感じられます。私たち高齢者にとって住みやすい環境とは、単に「便利」なだけでなく、精神的にも豊かさをもたらすものであるべきだと思います。

まとめ:空間の中の数学を意識する豊かさ

数学と建築の関係を探ることで、私たちは多くのことを学ぶことができます:

- 古代から現代まで、建築は比率、幾何学、構造力学など様々な数学的原理に支えられてきた

- デジタル技術の発展により、建築における数学の応用はパラメトリックデザインやトポロジカルな形態など、新たな展開を見せている

- 数学的に整理された建築空間は、認知機能や空間把握、記憶など、特に高齢者にとって重要な側面に良い影響を与える可能性がある

- バリアフリーデ

- バリアフリーデザインや持続可能な建築など、現代社会の課題解決においても、数理的アプローチが重要な役割を果たしている

私は65歳という年齢になって、改めて「数学と建築」という二つの分野の深い結びつきを感じています。若い頃はエンジニアとして建物の構造や設備に携わりながらも、その背後にある数学的な美しさや哲学にまで思いを巡らせることは少なかったように思います。しかし年齢を重ね、様々な建築空間を経験し、そして数学への理解も深まった今、日常の風景の中に数学的秩序の美しさを見出すことができるようになりました。

次回のブログでは、「数学と音楽」について書いてみたいと思います。私たちが日々聴く音楽の中に隠された数学的な構造について探ってみましょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。皆さんも日常の建築空間の中に、数学的な美しさや秩序を探してみてはいかがでしょうか。住まいや街並みを数学的視点で眺めることで、新たな発見と感動があるかもしれません。

【矢次真也】

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