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矢次真也の数学コラム:素数の不思議な世界~解明されない美しい規則性

  矢次真也の数学コラム:素数の不思議な世界~解明されない美しい規則性 この記事のポイント 📊 素数は数学の基本要素であり、その分布には解明されていない神秘的な規則性がある 🧮 リーマン予想など、現代でも未解決の素数に関する難問が数学者を魅了し続けている 🔍 高齢者の視点から見る素数研究の魅力と、素数が教えてくれる「探求する喜び」 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。前回は「無限」について書きましたが、今回は数学の最も美しい宝石とも言える「素数」について考えてみたいと思います。 先日、中学校の数学クラブでボランティア講師をしていた時のこと。「素数って何の役に立つんですか?」という質問を受けました。この素朴な疑問に、私は「素数は数学の原子のようなもので、整数の世界を構成する基本要素なんだよ」と答えました。しかし本当は、素数の魅力はその「実用性」ではなく、その神秘的な美しさにあるのだと伝えたかったのです。 素数とは、1とその数自身以外に約数を持たない自然数のことです。2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19...と続きますが、これらの数字の並びには一見して規則性がありません。しかし深く探ると、驚くべきパターンが浮かび上がってくるのです。今回は、この謎めいた素数の世界へ皆さんをご案内します。 第1章:素数の基本と歴史 素数の定義と基本的性質 素数は数論の中心的な研究対象であり、数学の「基本粒子」とも言えます。 📌 素数とは1より大きい自然数で、1とその数自身以外に正の約数を持たない数のことです。言い換えれば、他の数の積で表すことができない数です。素数でない1より大きい整数は「合成数」と呼ばれます。 私が子供の頃、祖父から「素数は数学の秘密の鍵だよ」と教わったことがあります。当時はその意味が分かりませんでしたが、長年エンジニアとして働いた後の今、その言葉の深い意味を理解できるようになりました。素数は確かに数学の秘密を解く鍵なのです。 エラトステネスのふるいと古代の素数研究 素数の研究は古代ギリシャまで遡ります。特に紀元前3世紀のエラトステネスは、素数を見つける効率的な方法を発明しました。 🧮 「エラトステネスのふるい」と呼ばれるこの方法は、2から始...

矢次真也の数学コラム:「無限」の不思議な世界~人類を魅了してきた果てしなさの数学

  矢次真也の数学コラム:「無限」の不思議な世界~人類を魅了してきた果てしなさの数学 この記事のポイント 📊 古代から人間の想像力を掻き立ててきた「無限」は、哲学と数学が交差する概念 🧮 カントールの集合論により「無限にも大きさの違いがある」ことが証明された 🔍 日常に潜む無限概念と、高齢者の視点から見る「有限と無限」の哲学 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。前回は「0(ゼロ)」の歴史についてお話ししましたが、今回は「∞(無限)」という、ある意味でゼロと対極にある概念について考えてみたいと思います。 先日、孫と星空を眺めていたときのこと。「おじいちゃん、宇宙に終わりはあるの?」という質問に、私は少し言葉に詰まりました。「無限」という概念は、子どもから大人まで、そして古代から現代まで、人間の想像力を掻き立て続けてきたテーマなのです。 数学において「無限」は、単なる「とても大きいもの」ではなく、独自の性質と構造を持った対象として扱われます。直感に反する性質も多く、その不思議さは年齢を重ねた今でも私を魅了し続けています。今回は、この「無限」という概念の歴史と、その数学的・哲学的な側面について探っていきましょう。 第1章:古代から近代までの無限概念 古代ギリシャにおける無限との格闘 無限の概念は古代ギリシャの哲学者たちを悩ませました。特にゼノンのパラドックスは、無限分割の概念を用いて運動の不可能性を主張し、多くの思想家を困惑させました。 📌 例えば「アキレスと亀のパラドックス」では、どんなに速いアキレスでも、少しでも先に出発した亀に追いつけないという議論がなされました。なぜなら、アキレスが亀のいた地点に到達するたびに、亀はさらに前進しており、この過程が無限に続くからです。 私が高校生だった頃、このパラドックスを初めて聞いて夜も眠れないほど考え込んだことを覚えています。直感と論理が矛盾するこの問題は、無限の持つ不思議さを示す良い例です。現在では極限の概念を使って解決されていますが、当時の人々にとっては真の謎だったでしょう。 アリストテレスの「潜在的無限」と「現実的無限」 アリストテレスは無限を「潜在的無限」と「現実的無限」に区別しました。 💡 「潜在的無限」と...

矢次真也の数学コラム:「0(ゼロ)」の発見と歴史~「無」を表す偉大な発明

  矢次真也の数学コラム:「0(ゼロ)」の発見と歴史~「無」を表す偉大な発明 この記事のポイント 📊 「0(ゼロ)」は約2500年前までは存在せず、「無」を表す概念が長い時間をかけて発展した 🧮 バビロニア、マヤ、インドなど複数の文明が独自にゼロの概念を発展させた 🔍 ゼロの発見は単なる記数法の改良ではなく、哲学的・数学的思考の大きな転換点だった はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。若い頃からの数学好きが高じて、今では地元の図書館で数学読書会を主催するほどです。 先日、小学3年生の孫が算数の宿題で「0÷2はいくつ?」という問題に頭を悩ませていました。「0は何もないってことでしょ?なのにどうやって分けるの?」という素朴な疑問に、私は「そもそも『無』を表す『0』という概念自体が、人類の偉大な発明なんだよ」と答えました。 実は「0(ゼロ)」という数字と概念は、今では当たり前に使われていますが、人類の歴史の中では比較的新しい発明なのです。今回は、この「無」を表す数字の誕生と発展について、時代を遡りながら探っていきましょう。 第1章:ゼロのない古代世界 古代文明と数の表現 人類が最初に数を記録し始めたのは、約5000年前と言われています。しかし、最初の数字システムには「0(ゼロ)」は存在しませんでした。 📌 古代エジプトのヒエログリフや、古代ローマの数字システム(ローマ数字)には、「無」を表す記号はありませんでした。 私が学生だった1960年代、学校で習ったローマ数字には確かにゼロがありませんでした。「I, V, X, L, C, D, M」で表されるこのシステムでは、何かがない状態を表現する必要性を感じなかったようです。考えてみれば、石や木に刻む時代において、「何もない」を記録する必要性を感じなかったのも不思議ではありません。 「無」を表現する哲学的課題 「無」という概念自体は古くから哲学者たちの間で議論されていました。しかし、それを数学的に扱うことは大きな飛躍でした。 💡 「何もない」という抽象的な概念を、具体的な記号で表し、さらにそれを計算に使うという発想は、実は非常に革新的なものだったのです。 定年後に哲学書を読み始めた私は、パルメニデスやゼノンといっ...

矢次真也の数学コラム:刑務所で数学を学び論文を発表した男の物語~「学ぶのに遅すぎることはない」

  矢次真也の数学コラム:刑務所で数学を学び論文を発表した男の物語~「学ぶのに遅すぎることはない」 この記事のポイント 📊 殺人罪で服役中のクリストファー・ヘイブンズが数論の論文を発表 🧮 困難な環境でも数学への情熱が人生を変える可能性がある 🔍 65歳の私から見た「学ぶのに遅すぎることはない」という真実 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。長年エンジニアとして働いた後、ようやく本格的に数学を学び直す時間ができたことを喜んでいる私ですが、今日ご紹介するのは、私よりもはるかに困難な状況から数学の道を歩み始めた方の物語です。 2020年初め、数学の学術雑誌『Research in Number Theory』に連分数に関する論文が掲載されました。その筆頭著者であるクリストファー・ヘイブンズは、高名な大学教授でも、優秀な大学院生でもありません。彼は高校中退者で、麻薬中毒に陥り、最終的には殺人を犯して刑務所に服役中の身でした。 この驚くべき事実を知ったとき、私は自分の言い訳が恥ずかしくなると同時に、深い感銘を受けました。「何かを学ぶのに遅すぎる」と思っていた自分の固定観念が、一気に吹き飛ばされたのです。今日は、このヘイブンズの物語と、そこから私たちが学べることについてお話ししたいと思います。 第1章:刑務所で数学者に変わった男 ヘイブンズの波乱の人生 クリストファー・ヘイブンズは若くして様々な困難に直面しました。高校を中退し、麻薬中毒に陥り、仕事も家庭も失ってしまいます。そして2011年、殺人罪で25年の刑を宣告され、ワシントン州の刑務所に収監されることになりました。 📌 一般的には、このような環境は学問を追求する場所とは考えられません。しかし、ヘイブンズの人生はここから驚くべき転機を迎えることになります。 私は長年、企業で働きながら「定年後にはじっくり数学を学び直そう」と思っていました。しかし、クリストファー・ヘイブンズの話を聞くと、私が直面した障壁など取るに足らないものだったと実感します。彼の話は、環境を言い訳にしていた自分を振り返るきっかけになりました。 独房での数学との出会い ヘイブンズがどのようにして数学と出会ったのかについては、いくつかのインタビューで...

矢次真也の数学コラム:身近に潜むカオス現象~予測不能性の不思議と魅力

  矢次真也の数学コラム:身近に潜むカオス現象~予測不能性の不思議と魅力 この記事のポイント 📊 カオス理論は単なる「混沌」ではなく、初期条件に敏感な決定論的システムを指す 🧮 バタフライ効果に代表される予測不能性は、天気予報などの身近な現象に影響している 🔍 高齢者の視点から見ると、人生の予測不能な展開にもカオス理論の示唆がある はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。若い頃からカオス理論に魅了され、その複雑さと不思議さに心を奪われてきました。 先日、孫が「おじいちゃん、雨が降るかどうかなんでピタリと当てられないの?」と質問してきました。現代の天気予報は高度な技術を駆使しているにもかかわらず、完璧な予測が難しいのは、実はカオス理論が関係しているのです。この素朴な疑問をきっかけに、私たちの身の回りに潜むカオス現象について考えてみたいと思います。 カオス理論と聞くと、「単なる混沌」「ランダムな無秩序」と思われがちですが、実はそうではありません。カオスには独自の法則と美しさがあります。今回は、そんなカオス理論の基本と、私たちの日常生活との関わりについてお話ししていきましょう。 第1章:カオス理論とは何か カオスの科学的定義 カオス理論は、1960年代に気象学者のエドワード・ローレンツによって発見された比較的新しい科学分野です。 📌 科学的には、カオスとは「初期条件に敏感に依存する決定論的なシステム」と定義されます。つまり、明確な法則に従いながらも、わずかな初期条件の違いが時間とともに大きく増幅され、予測不能な振る舞いを見せるシステムのことです。 私が大学生だった1970年代後半、カオス理論はまだ新しい学問分野でした。当時の教授が「これからの数学と物理学を変える可能性がある」と熱く語っていたことを今でも覚えています。その言葉通り、カオス理論は今や科学の多くの分野に影響を与えています。 バタフライ効果 カオス理論の中で最も有名な概念は「バタフライ効果」でしょう。 🦋 これは「ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が発生する可能性がある」という表現で知られています。つまり、小さな原因が連鎖的に増幅され、予想外の大きな結果をもたらすという現象です。 この概念を初め...

矢次真也の数学コラム:言語なしでは「4」までしか数えられない人間の不思議

  矢次真也の数学コラム:言語なしでは「4」までしか数えられない人間の不思議 この記事のポイント 📊 MITとUCバークレーの研究で「数字に名前がないと人間は4までしか正確に数えられない」ことが判明 🧮 言語こそが人間の高度な数学的思考を可能にした鍵である 🔍 数字を表す言葉のない文化の人々から見える「数」と「言語」の関係性 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。若い頃から「数」の不思議に魅了され、特に「人間はなぜ数を数えられるのか」という根源的な疑問に関心を持ってきました。 最近、非常に興味深い研究結果を知りました。マサチューセッツ工科大学(MIT)とカリフォルニア大学バークレー校(UCB)の研究によると、「人間が4を超える数を正確に数えられるのは、言語があるからこそ」だということが分かったのです。 私たちは当たり前のように「1, 2, 3...」と数えていますが、実はこの能力は言語という道具に大きく依存していると考えると、人間の認知能力の面白さと制約が見えてきます。今回は、この研究結果を通じて、数と言語の関係について考えてみたいと思います。 第1章:人間の「数」認識の限界 人間の直感的な数認識は「4」まで 研究によれば、人間が言語的な助けなしに直感的に認識できる数の限界は「4」だと判明しました。これは動物の世界でも同様で、カラスなどの鳥類も4までの数を直感的に区別できるとされています。 📌 「4」という限界は「小さな数の感覚(small number sense)」と呼ばれる認知能力の上限と関係しているようです。 これを知ったとき、私は自分の孫(4歳)のことを思い出しました。彼はまだ数字の名前をきちんと覚えていませんが、4つまでのおもちゃなら「いくつあるか」を瞬時に言い当てることができます。しかし5つ以上になると、1つずつ指さして「1、2、3...」と数えないと答えられません。これはまさに研究結果と一致する現象だと気づき、身近なところで確認できる認知の限界に驚きました。 「小さな数の感覚」とは何か 「小さな数の感覚」は、人間や一部の動物が生まれながらに持っている能力です。これは数を一つずつ数えるのではなく、視覚的な「かたまり(chunk)」として瞬時に認...

矢次真也の数学コラム:全ての表面が地面に接する不思議な幾何学立体「オロイド」の魅力

  矢次真也の数学コラム:全ての表面が地面に接する不思議な幾何学立体「オロイド」の魅力 この記事のポイント 📊 「オロイド」は転がると全ての表面が地面に接する珍しい幾何学的性質を持つ 🧮 2つの円を特殊な角度で組み合わせた単純な構造から生まれる複雑な挙動 🔍 実用性と美しさを兼ね備えた幾何学的造形の魅力 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。若い頃から幾何学的な形や物体に魅了され、特に「動きのある数学」に強い関心を持ってきました。 先日、孫が通う小学校の算数クラブでボランティアをしていた時のことです。子どもたちに「面白い形の物体」を見せようと、自宅にあった幾何学おもちゃのコレクションを持っていきました。その中の一つ「オロイド」を床に置いて転がしてみせると、子どもたちから「えっ、どうして?」という歓声が上がりました。 このオロイドという物体は、転がすと全ての表面が次々と地面に接触するという、直感に反する不思議な動きを見せるのです。今回は、この魅力的な幾何学立体について、その特徴と面白さをご紹介したいと思います。 第1章:オロイドとは何か オロイドの基本構造 オロイド(Oloid)は、1929年にドイツの数学者兼彫刻家であるパウル・シャッツ(Paul Schatz)によって発見された幾何学的立体です。 📌 オロイドの基本構造は驚くほどシンプルで、同じ大きさの2つの円盤を互いに直交する位置(90度の角度)で配置し、円周同士が接するように組み合わせた形状です。 私が初めてオロイドの作り方を知ったとき、「こんな単純な構成から、あのような複雑な動きが生まれるのか」と驚きました。数学の美しさは、しばしばこのようなシンプルな構造から予想外の性質が生まれる点にあります。 「全表面が地面に接する」という特徴 オロイドの最も驚くべき特徴は、平らな面の上を転がすと、その表面全体が順番に地面と接触するという点です。 ✨ 一般的な球や円柱などの立体は、転がる際に表面の一部分だけが地面に接触します。しかしオロイドは、転がりながら徐々にその全表面が地面を「なでる」ように動きます。 この性質を初めて目の当たりにしたとき、私は退職前に勤めていた製造会社での経験を思い出しました。機械部品の設...

【矢次真也】「体に自信がない」と学問も運動も低下する衝撃の研究

  「体に自信がない」と学問も運動も低下する衝撃の研究 この記事のポイント 📌 身体イメージが学習能力に与える心理的影響 ✨ 自己認識と実際のパフォーマンスの関連性 💡 心理状態が能力発揮に与える驚きの効果 はじめに 私たちは往々にして、鏡に映る自分の姿に厳しい目を向けがちです。「脂肪の多い体」「ガリガリな体」「短い足」「大きな頭」と、自分の身体を批判的に見つめることは、意外にも日常的な心理現象なのです。 研究の背景 🔍 カナダ・トロント大学の研究チーム(ジュディス・ベック氏率いる)が、この普遍的な心理状態と能力発揮の関係を科学的に解明しました。 研究の核心 ネガティブな身体イメージの影響 ✨ 主な研究発見: 自己否定的な身体イメージは学習能力を低下させる 運動パフォーマンスに直接的な悪影響を及ぼす 心理的な自信が実際の能力発揮に決定的な役割を果たす 心理的メカニズム 人間の脳は、自己認識とパフォーマンスの間に強い相互作用を持っています。 否定的な自己イメージは注意力を分散 学習や運動への集中力を低下 ストレスホルモンの分泌を増加 実践的な影響 学習への影響 💡 身体イメージが学習に与える具体的な影響: 注意力の低下 モチベーションの減退 ストレス反応の増大 認知的リソースの分散 運動パフォーマンスへの影響 ⚠️ 身体に対する否定的な認識は: 運動技能の習得を遅延 身体的パフォーマンスを阻害 競技スポーツにおける発揮能力を制限 心理的対策 自己イメージ改善のためのアプローチ ポジティブな自己対話の実践 現実的で健康的な身体観の形成 小さな成功体験の積み重ね 専門家によるカウンセリング 研究の意義 心と身体のホリスティックな理解 この研究は、私たちの身体と心の複雑な関係性を明らかにしました。単なる身体的特徴ではなく、その認識こそが真の能力を決定づけるのです。 まとめ 自分の身体に対する見方を変えることは、学習や運動において劇的な変化をもたらす可能性があります。自己肯定感は、単なる心理的な快適さだけでなく、実際の能力発揮にも直結するのです。 次回予告 身体イメージを改善する具体的な心理テクニックと、その科学的背景に迫ります!

【矢次真也】「さくらみこ」ファンの研究者が切り拓く新しい画像評価の科学

  「さくらみこ」ファンの研究者が切り拓く新しい画像評価の科学 この記事のポイント 📌 学術的アプローチによる画像鮮明さの定量化技術 ✨ VTuberファンと科学研究の驚きの融合 💡 芸術と科学が生み出す革新的な研究成果 はじめに デジタル時代における画像の「くっきりさ」。これまで主観的で曖昧だった画像の質が、今、科学的なアプローチによって客観的に評価される可能性が広がっています。 研究の概要 沖縄科学技術大学院大学(OIST)のサント・チャン氏による、前例のない研究が注目を集めています。VTuber「さくらみこ」のファンでもある彼の研究は、ポップカルチャーと最先端科学の興味深い交差点に位置しています。 研究の背景 研究者の素顔 🔍 サント・チャン氏のプロフィール 所属:沖縄科学技術大学院大学(OIST) 専門:画像科学、視覚工学 特徴:VTuber「さくらみこ」の熱烈なファン 研究の着想 チャン氏の研究は、ファンアートや絵師たちの創作活動から生まれた、きわめて独創的なアプローチです。デジタルアートにおける「鮮明さ」を科学的に解明しようとする、前例のない挑戦と言えるでしょう。 技術的詳細 画像鮮明さ評価の革新的手法 ✨ 定量的評価の具体的なメカニズム: 画像の周波数分析 エッジ検出アルゴリズム 視覚的情報量の数値化 人間の視覚特性との比較検証 研究の技術的意義 従来の主観的評価からの脱却 客観的かつ再現性の高い評価手法 デジタルアート制作への科学的アプローチ 応用可能性 期待される分野 💡 研究成果の多様な応用: デジタルアート制作 グラフィックデザイン コンピュータビジョン 画像処理技術 芸術作品の品質評価 学術的な裏付け 研究成果は2024年12月13日、権威ある学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載され、国際的な注目を集めています。 文化的意義 ファン文化と科学研究の新たな関係 ⚠️ 興味深い研究の背景: サブカルチャーが生む学術的イノベーション 研究者の個人的情熱が科学を推進 学際的アプローチの可能性 将来の展望 次世代の研究への示唆 この研究は、単なる技術開発にとどまらず、以下のような可能性を秘めています: ク...

矢次真也の数学コラム:AIと人間のミスの違い~数学好きな定年退職者の視点から

  矢次真也の数学コラム:AIと人間のミスの違い~数学好きな定年退職者の視点から この記事のポイント 📊 人間とAIでは根本的にミスの性質が異なる 🧠 人間は不安や自信のなさを感じることでミスを予測できるが、AIは自信満々に間違える 🔍 数学を含む様々な分野でAIのミスに対処するには特別な戦略が必要 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。長年エンジニアとして働いてきた経験から、「計算ミス」や「論理的な誤り」について考えることが多くありました。 最近、AIの発展が目覚ましく、特に数学的な計算や論理的な推論においてAIが活躍する場面が増えています。しかし、AIは時に奇妙なミスを犯すことがあります。このミスの性質が、私たち人間のミスとはかなり異なることに気づき、深く考えさせられました。 私は退職後、地元の高校で数学の補習を手伝うボランティアをしていますが、そこで生徒たちのミスと、最近彼らが使い始めているAIのミスの違いを観察する機会がありました。今日は、その経験も踏まえながら、AIと人間のミスの違いについて考えてみたいと思います。 第1章:人間のミスの特徴と予測可能性 人間はミスする前に「不安」を感じる 私たち人間は、ミスを犯す可能性が高いときに、多くの場合「不安」や「自信のなさ」を感じます。 📌 特に数学の問題を解くとき、解法に自信がなければ「ここは自信がない」「この部分はあまり確かではない」といった形で表現することがほとんどです。 私がボランティアで教えている高校生たちを見ていると、「先生、この解き方で合ってますか?」と不安そうに質問してくることがよくあります。彼らは自分の理解に不安があるときに、それを言葉や表情で表現するのです。これは人間の自己認識能力の現れであり、ミスを予防するための重要なメカニズムです。 数学における人間のミスの傾向 数学の問題解決において、人間のミスには一定のパターンがあります: 計算ミス :単純な足し算や掛け算の間違い 符号の誤り :プラスとマイナスの取り違え 公式の誤用 :適用すべき公式の勘違い 論理の飛躍 :証明の過程で必要なステップを省略してしまう 💡 私自身、40年以上のエンジニア生活の中で、特に疲れているとき...

矢次真也の数学コラム:学校数学と実践的数学のギャップ~新たな研究結果から考える

  矢次真也の数学コラム:学校数学と実践的数学のギャップ~新たな研究結果から考える この記事のポイント 📊 最新研究により学校で習う数学と実生活で使う数学には大きな隔たりがあることが判明 🧮 市場で働く子どもたちは暗算に強いが教科書問題に弱く、逆に成績優秀な子は実践的計算に弱い 🔍 「数学教育のあり方」について、65歳の元エンジニアとして考察する はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。元々エンジニアとして働いていた経験から、「理論と実践の橋渡し」について常に考えてきました。 今回は、非常に興味深い研究結果をご紹介します。『Nature』という世界的に権威ある科学誌に2025年2月に発表された研究で、学校で教わる数学と実生活で使う数学のスキルには大きなギャップがあるという事実が科学的に証明されたのです。 この研究結果を知ったとき、私は自分の人生経験と重ね合わせて深く考えさせられました。大学で学んだ高度な数学と、実際の仕事の現場で必要だった計算能力の違いに、常に違和感を覚えていたからです。今日は、この研究結果をもとに、学校数学と実践的数学のギャップについて考えてみたいと思います。 第1章:注目の研究結果が示す衝撃的な事実 MITの研究が明らかにした実態 アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)による最新の研究では、インドのコルカタとデリーで市場で働く子どもたちと学校に通う子どもたちの計算能力を比較しました。 📌 この研究の最も衝撃的な発見は、市場で働く子どもたちが複雑な計算を瞬時にこなし、暗算で効率的に取引の金額やお釣りを求められる一方、教科書の抽象的な問題には苦戦したという点です。 逆に学校で高得点を収める子どもたちは、定型的な問題には強いものの、実際の取引シーンでは単純な計算すらうまくいかなかったというのです。 私は40年間エンジニアとして働いてきましたが、この研究結果には強く頷けます。新卒の若いエンジニアたちが、大学で優秀な成績を収めていても、現場での実践的な計算や推定にはしばしば戸惑うという光景を、何度も目にしてきました。 「学校で学ぶ=実生活に役立つ」という常識への挑戦 この研究結果は、「学校で学ぶ数学が実生活に役立つ」という従来の常識を根底から...

矢次真也の数学コラム:神社に奉納された「算額」~江戸時代の数学文化とその魅力

  矢次真也の数学コラム:神社に奉納された「算額」~江戸時代の数学文化とその魅力 この記事のポイント 📊 江戸時代には「和算」と呼ばれる独自の数学文化が花開いていた 🧮 神社仏閣に数学問題を奉納する「算額」という特異な文化が存在した 🔍 西洋数学とは異なる発展を遂げた日本の数学には、現代にも通じる学びがある はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。若い頃から数学に親しみ、特に数学の歴史には強い関心を持ってきました。 私が住む地域には古い神社が数多くありますが、先日の散歩中、ふと「日本の伝統的な数学文化」について考えるきっかけがありました。神社の境内で見かけた絵馬に、受験合格祈願の文字が並んでいたのです。現代の若者たちの数学への思いと、かつての日本人の数学観はどれほど違うのだろうか―そんな疑問が湧き上がりました。 実は江戸時代、日本には独自の数学文化「和算」が栄え、その一環として「算額」という数学問題を神社仏閣に奉納する習慣があったのです。今回は、あまり知られていない江戸時代の数学ブームについて、一緒に探っていきましょう。 第1章:日本における数学の歴史と和算の誕生 江戸以前の日本の数学事情 日本における数学の歴史は古く、7世紀頃に中国から伝わった「算木」と呼ばれる計算道具を用いた「算術」が広まりました。しかし、それはごく一部の為政者や僧侶たちの間での知識に限られていました。 📌 当時の数学は主に土地の面積計算や租税の計算、暦の作成など、実務的な目的で使われていました。 私が子供の頃、祖父から「昔の人は算盤(そろばん)が達者だった」という話を聞いていましたが、それ以前の「算木」という道具については知りませんでした。現在の電卓やスマートフォンのように、時代によって計算道具も変わってきたのですね。 和算の誕生と発展 江戸時代(1603-1868)に入ると、長い平和の時代を背景に、庶民の間でも教育が普及していきました。この時代に日本独自の数学である「和算」が大きく発展したのです。 ✨ 和算とは、中国から伝わった数学を基礎としながらも、日本で独自に発展した数学体系のことです。その中心には「算術」と呼ばれる計算技術があり、やがて幾何学的問題や代数的問題へと発展していきま...

矢次真也の数学コラム:14歳の「人間計算機」が教えてくれる暗算の可能性

  矢次真也の数学コラム:14歳の「人間計算機」が教えてくれる暗算の可能性 この記事のポイント 📊 インドの14歳少年アーリャン・シュクラが1日で暗算の世界記録を6つ更新 🧮 人間の計算能力には電卓をも凌駕する可能性がある 🔍 脳のトレーニング方法として暗算は高齢者にも有益な習慣になりうる はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、数学の面白さを伝えるブログを続けています。若い頃から数字や計算に親しみ、引退した今でも日々数学パズルに取り組む生活を送っています。 今回は、私のような「数学好きのおじいさん」でさえ驚かされた、インドの天才少年の話題をご紹介します。スマートフォンの計算アプリが当たり前になった現代で、純粋な人間の脳の可能性を見せつけてくれた出来事に、大いに刺激を受けました。 私は学生時代、珠算を習っていた経験があり、ある程度の暗算はできると自負していましたが、今回ご紹介する少年の能力は、もはや別次元と言えるでしょう。それでは、この驚異的な「人間計算機」の物語をお伝えします。 第1章:わずか1日で6つの世界記録を塗り替えた14歳の少年 アーリャン・シュクラという数学の天才 2025年2月、インド人少年アーリャン・シュクラ(Aaryan Shukla)が「人間計算機(the Human Calculator)」という異名で世界的な注目を集めました。わずか14歳のこの少年は、たった1日で暗算の世界記録を6つも更新するという驚異的な偉業を成し遂げたのです。 📌 これは単なる「頭が良い」というレベルを超えた、特殊な能力と訓練の成果と言えるでしょう。 私は長年、趣味で数学の歴史を研究してきましたが、過去にも「人間計算機」と呼ばれた数学者や天才は何人か存在します。19世紀のゼラ・コルバーンや20世紀のシャクンタラ・デヴィなど、彼らの驚異的な計算能力は多くの人々を魅了してきました。アーリャン少年は、そうした歴史的な「計算の天才」の系譜に新たに名を連ねることになったのです。 6つの世界記録とは アーリャンが更新した世界記録の詳細は明らかにされていませんが、暗算の世界記録には以下のようなカテゴリーがあります: 複数桁同士の掛け算を最短時間で解く 平方根や立方根の計算 カレンダー計算(任意の日付の曜日を即答す...

矢次真也の数学コラム:数学を「捨てる」と脳内物質が減少する驚きの研究結果

  矢次真也の数学コラム:数学を「捨てる」と脳内物質が減少する驚きの研究結果 この記事のポイント 📊 オックスフォード大学の研究で16歳で数学を「捨てた」学生はGABA濃度が低下 🧠 GABAは脳機能の改善・最適化に重要な役割を果たす神経伝達物質 🔍 高齢者の認知機能維持にも数学学習が寄与する可能性を示唆 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、長年の趣味だった数学について語るブログを続けています。若い頃から数学の魅力に取りつかれ、定年後も日々数学パズルや最新の数学研究に触れる生活を送っています。 今回は、数学学習と脳の健康という、私たち高齢者にとって非常に興味深いテーマについての最新研究をご紹介します。「数学を学ばなくなると脳内物質が減少する」という事実は、私のような数学愛好家にとって、自分の趣味が脳の健康維持にも役立っているかもしれないという嬉しい発見でした。 私自身、定年後に認知機能を維持するために意識的に数学パズルに取り組んできましたが、その効果に科学的根拠があることを知り、今後の活動にも一層の自信が持てそうです。 第1章:数学と脳内物質GABAの驚くべき関係 オックスフォード大学の研究が明らかにした事実 オックスフォード大学の実験心理学部門の研究者たちによる2021年の研究で、16歳で数学を「捨てる」選択をした学生は、重要な脳内物質GABA(γアミノ酪酸)の濃度が減少していることが明らかになりました。この研究結果は科学誌『PNAS』(米国科学アカデミー紀要)に掲載されています。 📌 GABAはタンパク質を構成しないアミノ酸の一種で、高等動物においては神経伝達物質として機能し、脳機能の改善や最適化に重要な役割を果たします。 私は長年エンジニアとして働いてきましたが、退職後に脳科学にも興味を持ち始め、地元の図書館で関連書籍を読みあさっています。GABAという物質については以前から名前は知っていましたが、まさか数学学習との関連性があるとは思いもよりませんでした。 GABAの機能と脳への影響 GABAは抑制性の神経伝達物質として知られています。簡単に言えば、脳内の過剰な興奮を抑え、脳の機能を適切に調整する役割を担っているのです。 💡 適切なGABA濃度は、集中力の維持や論理的思考、さらには不安の...

矢次真也の数学コラム:120年越しの正三角形パズル解明に思うこと

  矢次真也の数学コラム:120年越しの正三角形パズル解明に思うこと この記事のポイント 📊 120年間未解決だった正三角形パズルが、日本人研究者らによって4ピースが最小であると証明された 🧩 「マッチングダイアグラム」という革新的手法が幾何学パズル解決の鍵となった 🔍 古典的な数学問題の解決が現代の科学技術に応用される可能性 はじめに こんにちは、矢次真也です。65歳で定年退職後、長年の趣味だった数学について語るブログを始めて早5年が経ちました。若い頃から数学パズルに魅了され、特に図形の変換問題には常に心を奪われてきました。今回は、私が40年以上前に初めて出会い、その後も時折考えを巡らせてきた「正三角形から正方形へのパズル」についての驚くべき進展をご紹介します。 私が高校生の頃、数学の先生から「簡単そうで難しい問題」として教わったこのパズル。当時は「きっと答えはあるんだろうな」と漠然と思っていましたが、まさか2025年になっても議論が続いていたとは…。そして、ついに日本の研究者を含むチームによって証明されたというニュースを目にして、胸が高鳴る思いでした。 第1章:120年の時を超えた正三角形パズルの旅 正三角形パズルの起源と歴史 1902年、イギリスの数学者ヘンリー・アーネスト・デュードニーが雑誌のパズル連載で提示した問題―「正三角形をできるだけ少ないピースに切り分け、並べ替えて正方形を作り出す」という一見シンプルな問いかけ。デュードニー自身は「4ピースが最小の可能性が高い」とする解を発表しましたが、それが本当に最小であるという証明はなされませんでした。 ✨ この問題が120年もの間、確固たる証明がなされないまま残されていたという事実に、私は数学の奥深さを感じずにはいられません。 私は定年後、地元の図書館で古い数学雑誌を読み漁るのが日課となっていますが、この問題についての様々な議論を見つけるたびに、メモを取って自分なりに考察してきました。図書館の司書さんには「矢次さん、また数学ですか」と笑われるほどです。 未解決問題としての魅力 なぜこの問題がこれほど長く未解決だったのでしょうか? 🔍 私が考えるに、この問題の難しさは「最小である」ということの証明にあります。4ピースでの解は提示できても、3ピース以下の解が「存在し...